予定
10/23
ルーティンを時間内に終わらせたら、WEBで講演を聞きつつ、褒美として、ボートレースに参加しよう。
振り返り
10/22
朝6時に起きて、バスに乗り、仕事に行った。回診をして、書類を書いて、知識の整理をして、競艇で負けて、家に帰った。子供は、約束を守らず、何もしない。嫌になる。
デジタル
10/20
予定通り、デジタルポスターを、仕上げた。明日が締め切りなので間に合ったとは言える。
ポスター
10/18
学会発表があるので、ポスターを作った。最近は、楽になって、デジタルポスターでの発表である。明日、細かい部分を修正する。
緊急の状況で、今すぐに判断を下さなければならない状況になった。山田さんが頭の中に急に出てきて、「山田さんならどうするか」を考えた。不思議だった。なぜ、急に頭の中に現れたのか。分からない。そして、「俺が追い出したわけじゃないだろう」と反問していた。
10/14
予定
バス通勤を続けている。今日は検査と外来診察がある。たまったサマリーを書かなければならない。ガサの停戦について報道がされている。解説者の誰かが、「アメリカがイスラエルを後押して戦争を続け、アメリカが誘導して停戦に導いた。この期間、6万人が死んだ」というようなことを述べていた。
偶然
10/12
偶然を大切にしたいと思います。日付について調べていたら、村上春樹の「1973年の〜」を見つけたので、今日は当番ですが、これを読みたいと思います。今の自分にとっては、競艇よりも楽しく過ごせました。
引退
10/11
長い間ありがとうございました。1年弱ではありますが、楽しく過ごすことができました。本日を持って、競艇賭博から引退することにしました。勝てません。学会費を補うために始めましたが、寧ろマイナスです。当たり前の結果ですが、時々当たることもあり、迷うこともありましたが、踏ん切りがつきました。明らかに、所謂、養分であり、目が覚めました。相手を馬鹿にしていました。甘い世界ではなかったです。競艇賭博を逃げ道として、使っていました。投資として儲けている人はいるとは思いますが、自分にはいくらお金を注ぎ込んで学んだとしても、回収はできそうにありません。つらい現実から目をそらせるために、参加していました。身を崩すほどにのめり込むのは誰もが望まないことなので、今日で引退とします。階段で、インから回ってなどと考えながら、降りていたのを懐かしく思います。生活の一部でした。今後は、現実に向き合いながら、再開の誘惑に負けることなく、進んでいこうと思います。
仕事で今日すべきこと
10/10
効率化を図るため、まず、(1)仕事全般の内容を確認する。
- カルテ(入院中、予定、他科)記載。毎日。
- 外来準備。金曜日。
- 学会入金確認
- 書類
- 残務処理(書類)
- 学会、論文の準備。
癇癪を治したい
10/8
手術中に、思い通りにならないと、イライラしてしまう。道具が出て来なかったり、撮影が指示通りにされなかったりすると、癇癪を起こしてしまう。直したいと思っている。
現状維持は後退か
10/7
よく現状維持は後退だと聞く。現状維持を維持するのがどれだけ大変かを認識した上で、その通りだと思う。常に上昇を試みながら、自然と現状維持がなされるのがベストであろう。それには、まず自分の現状を正確に記載することが土台として必要である。
「メンヘラ」とは?
10/6
スポーツドクターとして、中学生競技の監視をした。外傷や熱中症がなければ、自分の出番はないので、ただの観客になる。当然、それが最善である。車での帰り道に、「全然役に立たなかった。俺が行く意味があるのかな」と呟いたら、中学生の息子に「メンヘラみたいで、きもい」と言われた。
「メンヘラ」とは何か?文脈からするとネガティブな言葉のようだ。自分のことを「駄目だ、駄目な人間だ」と言っていることに対する批難であろうか、それとも、自分がその場での存在意義を見失ったことへの嫌悪であろうか。
興味深い。親の言動を評価できるようになったのを嬉しく思った。成長したものだと思った。同時に、彼は私のいやらしい内面を見抜いたのだと思う。自分を卑下することでしか自尊心を維持できない。
パンの理論
10/5
「ひとはパンのみにて生きるにあらず」とは、当然「パンがなければ生られない」ことが大前提である。では、「パン」とは何の象徴であろうか。残念ながら、今の私にはそれを言語化する力がない。
「パンの理論」とは、この文脈の中で、パンの美味しい店を紹介したり、パンの美味しい食べ方を紹介したりするのが、消費社会における小説もしくは消費される小説とする理屈である。そこには「パンのみにて生きるにあらず」という問いかけがないし、「パンがかければ生きられない」という観察もない。
私は、宮台真司氏がvideo newsで「村上春樹以降、小説が娯楽になった」と言ったことをずっと考えていた。ここに「パンの理論」を当てはめると、その小説には「愛と性」の楽しみ方が書かれているが、そこには問いかけや観察がない、ということになる。一冊「ダンス・ダンス・ダンス」を読んだだけの印象に過ぎないので、検証が必要である。
後日、考えてみた。「読者が小説を娯楽にした、小説を消費するようになった」というのが、より正確だと思う。
Mixed emotions
10/4
ローリングストーンズのmixed emotionsが発表されたのは、1990年代であって、そのときの自分は、mixed emotionsの意味がよく分からなかった。最近、negative online comments from patientsについて調べていたら、久しぶりにmixed emotionsという言葉に出会った。不思議と腑に落ちた。陰と陽で常に変動する自分の精神状態を適切に言い表していると感じた。つまり、自分を表現する言葉のひとつになった。
そして、歌詞の一文であるyou are not the only one with mixed emotionsを、恋愛で苦しみ、泣いていた高校生の次男に送りたかったと思った。
偉そうに言えない
10/3
小さいことを気にして落ち込み、自分の言動に一貫性がない。偉そうに言うべきではない。ひとは日々、嫌な思いをして家に帰ってくる。せめて、家はそれを癒す場所でありたい。
一貫性を保つためには、一言かければよいだけだ。コミニュケーションの問題だ。
管理職には合っていないと思う。例えば、医療現場ではDxの導入がうたわれている。それに積極的に関わる医者がいるが、とても自分には無理だ。まず、興味がないし、有ったとしても、関わる時間を作るには、入院患者を制限しなければならないであろう。主導よりも協力というのが自分には合っていると思う。
読めない日本語
10/2
吉本隆明の論説を読んだ。全く分からなかった。受験のときの英文解釈で、分からない単語を辞書で調べて、繋ぎ合わせて何とか作った日本語訳のようで、解釈ができなかった。外国語と同じことが母国語でも起きたことに驚いた。日本文解釈ができないくらいに、自分の日本語能力が低下していて驚いた。
転職するために
10/1
転職について、自分の考えをまとめておく。
まず、「転職」とは、職場(病院)を変わることであって、新たな職業を選択することではない。
その理由として、(1)3年前に科長になったときに、3年間が目安であり、3年後に改めて科長として自分が妥当であるかを検討するべきだと考えていた、(2)科長を続けるにあたり、禁忌肢を設定していたが、それを既に破っている、(3)自分のここでの役割は終わったし、場所の割に人数が多いので自分は不要である、(4)現在の職場は体力的に厳しい、(5)新しい世界に出たい、が挙げられる。
階段的決意
9/30
到達点を決めて、目標を立てる。到達したら、また新たな目標を立てる。到達点とは、時限を含む。
(1)1週間、現実逃避をしない。
残念
9/29
術後に麻痺が出現した患者をリハビリのため、かかりつけ医に紹介したところ、麻痺出現については合併症とはいえ残念な限り、との返事をもらいました。全くその通りで、自分はその責任を負います。自己の回復力に期待して、リハビリを続けてもらい、症状が少しでも軽減することを祈っています。当院で足を引きずりながらリハビリに励む姿は、見ると、申し訳なさでいっぱいになりました。胸の苦しさを感じましたが、当人に比べれば微々たるものです。退院後、その姿を見ることはなくなり、忘却により自分の苦しみは軽減しましたが、当然本人は、そんなことはありません。反省を続けます。
頭痛
9/28
今日は散々な一日でした。当番であるから当然のことではありますが。