結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記
船戸優里
上野千鶴子氏の著作で言及があり、読んだ。読みたくないと感じた本だが、読まなくてはならない本と考えたため、何とか読み終えた。
まず、日記に何を書こうが、本人の自由であるのだから、その内容に関して筆者を責めるのは間違いであると、自分に言い聞かせた。
この本を読んで気になったことは、(1)利益相反、(2)後付け批判にどう対応するか、(3)行政に対する過剰な期待、である。
身体を売ったらサヨウナラ
鈴木涼美
最初の章は流れるような文体で、車窓の景色が過ぎていくように、引き込まれていった。けれど、章が進むにつれて、気が滅入っていき、最後の方では、投げ出したい気持ちを抑えて読了した。今は、その理由を考えているところである。
読んでいる途中から感じた疑問は、なぜ著者は父親について語らないのだろうか、である。
読書は旅と似ている。いや、旅が読書に似ているのだろう。良い書物は、次に読むべき本を示してくれる。次は、「限界から始まる」を読む。
(2025.12.7)
リバー ランズ スルー イット
映画 ロバート レッドフォード監督
VIDEO NEWSで「故レッドフォードが描いたアメリカという物語」という特集が組まれ(2025年11月1日)、そこで推薦された映画のひとつである。
対照的な兄弟がいて、兄は社会の枠組みの内で生きて家庭を築き、弟は野生(アウトロー)に生きてまさに野垂れ死んだ。弟は、荒れ狂う川をボートで下り、かつてないほどの大きな鮭を釣り上げ、いわば自然を克服したが、そんなアウトローが社会で生きていれば、酒と博打にはまっていく。手は差し伸べられた。しかし、弟はその手を握ることはなかったし、握ることのできたその右手も粉々にされて死んだ。兄はこうなることがわかっていたから、都会に一緒に出て、社会の枠組みの内で生きることを勧めた。父は、アウトローに生きることを選んだ子を、それでも、いや、それだからこそ、愛し続けることを説いた。
弟は、兄からある女性を愛したと言われた日に、今日は博打で勝てる気がすると言った。その願かけはわかる。しかし、大きな鮭を釣り、父に誇りに思うと言われた日に、賭博場に行ったのであろう、殺された。
弟が、兄からシカゴで大学教授になることを聞かされたときの表情は、「アメリカという物語」を物語っているのだと思う。それはまさに映画でしか表現できないものであって、目に焼き付いて離れない。
さて、折角の機会なので、スクリプトと原作を読もうと思う。同時に、買っても多分読まない、もしくは、読めないだろうとも思う。
なお、「アウトロー」は宮台真司氏の言う「法律の外」の意味合いである。神保哲生氏と宮台真司氏の対話を通した解説がなければこの映画は平板にしか見えず楽しめなかったと思うし、両氏の影響をだいぶ受けた見方になったと思う。
田舎暮らしで、中高大の息子がいる自分としては、この映画のテーマは、「どうであれ愛し続ける」ことであり、どんなにこの田舎の自然が好きであろうが、退屈を紛らわすには、酒とギャンブルしかないと思っている。
“While Israel slept”
あらすじ
Oct. 9前に、イスラエルはいかに油断していたか。
感想
「ガザは圧力釜のような存在」と例えられる。つまり、いつ爆発してもおかしくないまでに沸騰させられていた(1)。しかし、爆発したのは、ガザなのか、ハマスなのか。
ハマスの国外資産が判明したときに、イスラエルもアメリカも“wait and see”であったと書かれているが、信じがたい。資産が凍結されれば、所有者は爆発してもおかしくはないと思うが、これをうまくコントロールすることは戦略として重要であろう。
参考文献
- 高橋和夫
1973年のピンボール
感想
消えゆく物のひとつとして、ピンボールに感傷を込めた。感情を失いうと、虚無感が残り、それを忘れるために感傷で満たせようとする。
女のいない男たち
ドライブ・マイ・カー
感想
この小説をきっかけに、映画「ドライブ・マイ・カー」を見、戯曲「ワーニャ伯父さん」を読み、楽しい時間を過ごした。
人間の生き方、ものの考え方
福田恆存
悪に耐える思想
感想
教養というのは教育とは全然違うので、教育は知識を与えるものですが、教養というのは、その人の身についた生き方なのです。
ワーニャ伯父さん
チェーホフ/浦雅春
ほかの人のために、今も、年を取ってからも働きましょう。
この言葉を最近、言い聞かせている。